鉄道車両における廃車(はいしゃ)とは、鉄道車両の本来の用途における使用(人や物を運ぶこと)をやめ、車籍を抹消して鉄道事業者の資産でなくし、廃棄すること、またはそうされた車両のことである。
廃車の原因 [編集]
ある鉄道車両が廃車となる理由には、大きく分けて次の3種類がある。
経年廃車
用途(余剰)廃車
事故(天災によるものも含む)廃車
経年廃車 [編集]
鉄道車両は、整備や手入れを多額の費用や時間をかけて行えば、30年あるいはそれ以上の期間使用することも可能である。長期間使用された車両の一例としては、戦前のベルリンオリンピック時に製造されたSバーン用電車がドイツ分裂・東西統一を経て21世紀初頭まで運行していた例や、西日本旅客鉄道(JR西日本)小野田線において運用離脱する2003年まで70年間にわたって使用されていたクモハ42形電車などが挙げられる。また、経年が100年を超える蒸気機関車が、車籍のない遊戯施設扱いであるものの動態保存され、客車を牽いて運転されている例もある。しかし、これらは非常に稀であり、大抵の車両は早くて10年前後、遅くとも30〜40年(新幹線は15〜20年)で役目を終えている。
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これは以下のような理由による:
技術的要因
技術の向上により時代に合わなくなった理由で廃車することである。製造された当時は最新鋭の技術を使っていたとしても、技術革新によりいずれ陳腐化することは避けられない。また、新たに開発された保安装置を設置することができなくなることもある。鉄道車両は、長期間に亘って法定の保守点検を行うため、新造費用だけでなくランニングコストが多く掛かる。このため、保守コストを低減できるように設計されたより新しい車両に置き換える方がトータルコストを低減できることがあるため、寿命に達していなくても廃車されることがある。あまりにも古い車両の場合、交換用の部品が製造中止になってしまい、修理が行えなくなったために、やむなく廃車になる場合もある。先述の42系の場合、001号を走らせるため、稼動中の006号を廃車して部品取り用にした。
老朽化
鉄道車両は使い続ければ老朽化が進んでいく。各種機器の老朽化による動作不良が事故を招くこともあるので、ある程度の期間使用した時点で廃車となる。特に新幹線車両では在来線よりも高い安全水準が要求されることや、高速・長距離走行のため各部の摩耗や傷みが在来線車両より早く進行するといった理由から、車両の寿命が15年程度と短くなっている。
日本では、鉄道車両の減価償却期間は大蔵省令により定められており[1]電車は13年である。つまり、少なくとも13年間使用することを前提に設計されている。ただし、これを基準に設計された車両は東京都交通局(都電)8000形電車、東日本旅客鉄道(JR東日本)209系電車など例は少なく[2]、大抵は設計上の耐用年数を20〜30年程度とし、内装や車体、機器等の更新を行いながら法定耐用年数の13年を超えて使用される。しかし、この長さも事業者の事情によってまちまちであり、老朽化・陳腐化したものを短期間のうちに一気に置き換えてしまう事業者もあれば、これと同じものを更新しながら相当長期間にわたって使い続ける(使い続けなければならない)事業者もある。
この設計上の耐用年数も時代によって変遷しており、一般に1950年代前半までに製造された車両は頑丈に造られており、軽量構造が一般化した1950年代後半以降に製造された車両に比べて、同一経年であっても一般に老朽化の度合いは小さい。例えば、1940年代後半から製造された国鉄スハ43系客車が、後継車として製造された軽量構造のナハ10系客車が老朽化により全廃された後も大量に残存した事例がある。それゆえ、その後に製造された車両は、行き過ぎた軽量構造を改善し、やや頑丈な構造として重量も増加している。また、アルミ合金車とオールステンレス車は、普通鋼製の車両に比べて錆の発生による劣化が少なく、塗装の省略等による保守上のメリットも大きいため、車体デザインの陳腐化などさえ考慮しなければ、半永久的に使用可能である。
また、特殊な構造を持つ車両や極端に性能の異なる車両(例えば試作車や、何らかの理由で少数しか製造されなかったグループ)はその特殊さゆえ保守に手間がかかったり、交換部品のコストが嵩んだりするため、特に多数の車両を運用する大手鉄道事業者では早期の整理対象となりやすい。多少古い車両であったとしても、数がまとまっていれば量産効果により維持コストは削減可能であるし、性能が揃っていれば運転上の特殊な取り扱いもしなくて済むのである。極端な例としては0系新幹線のように、老朽化した車両を新造した同系列によって置き換えるといったことも行われている。
旧型車から下回りや機器を流用した車体新製車は、流用機器の老朽化から完全新造車に比べて短い期間のうちに新造した車体ごと廃棄されてしまう例も多い。流用機器の老朽化や陳腐化が理由であるが、コストなどの保守面等でのデメリットが更新当時の想定以上に急速に表面化するなどの理由によって、早期に廃車されてしまう例も見られる。一方で、老朽化の進んだ機器を新造あるいは余剰のものより新しいものと交換して、経年の浅い車体がさらに活用される例も少なくない。
特殊なもの(他と違うもの)は、一般に短命である。
用途(余剰)廃車 [編集]
環境の変化による廃車 [編集]
鉄道車両を取り巻く輸送環境は廃車となった車両の走る路線についての内部的な変化のみならず、その車両の走る路線そのものとは何の関係もない外部的要因による変化など様々な理由で変化する。
前者の内部的な変化としては、まず運用体系の変化や輸送力増強などに伴う編成の組み換えに伴う余剰車両の廃車が挙げられる。
例えば小田急電鉄旧3000形「SE車」を「SSE」化した(8両×4本を5両×6本に組み替えた)際、余剰となった2両が廃車となった。
また京成電鉄AE形電車においても、6連×7本から8連×5本に組み替えたため余剰となった2両が廃車となり、3400形電車の更新改造に機器を供出している。
名古屋鉄道1000系電車に至っては、車齢が若い(10〜20年程度)ながらも特急列車の運営方針の転換(一部特別車化)によって運用が減少し、余剰廃車となった車両はその主要機器を新5000系に供出することとなった。また、余剰となった1600系の4両(ク1600)は、転用先、譲渡先が見つからなかったために車齢9年と短命に終わった。
JR東日本211系電車は、高崎線でのグリーン車の運用に先立ち、編成の組み換えによって転籍してきたグリーン車を組み込む事になり、これによって編成から捻出された付随車(サハ211)が34両余剰となり、211系としては初の廃車となった。
大阪市交通局10系電車は、10両編成化する時は新20系が製造を開始していた為、車齢が古い01〜03編成を分割・改造及び電装解除の末他編成に組み込み、残った4両は余剰廃車となった。
阪急電鉄6300系は、使いにくさの問題から2007年度から休車していた2本のうち8連1本を、9300系増備車に伴い廃車され、同系列初の廃車となった。しかし、そのうちの1両は現在も留置されている。
また、新型車両を投入した後にそれまでの車両を廃車にせず他の線区へ転出しその線区の旧形式車を淘汰させることがある。この時には編成は適宜組み替えられるが、この組み替えた結果として余った車両が廃車となることがある。
編成組み換えによって余剰となるのは大抵付随車であり、転用する場合は電装(モーターなどを取り付け、動力車に改造すること)などが必要となり、莫大なコストが掛かる。ただし、転属や増発による短編成化で制御車(先頭車)が不足する場合には、改造されて制御車になる場合もある。457系電車におけるグリーン車や165系電車などからの改造車、80系電車・205系電車・485系電車などの例がある。
また営団地下鉄東西線乗り入れ専用車であった国鉄301系電車の場合、営団との協定でJR側の乗り入れ数が減少したために余剰となった1編成が廃車となった。さらにこの形式は、それ以前に営団に合わせた10連化のため、7連8本を10連5本に組み替えた際、余剰6両が廃車となった。
他にも廃線や列車廃止の影響による廃車もある。
信越本線の横川〜軽井沢間の碓氷峠の急勾配区間の専用補助機関車として使用された国鉄EF63形電気機関車は、長野新幹線開業と引き換えの碓氷峠区間の在来線廃止に伴い全車廃車となっている。碓氷峠では先代の国鉄ED42形電気機関車も粘着運転への切り換えに伴うアプト式運転廃止で全車廃車となっており、この区間では路線切り換えによる車両の用途廃止による廃車が2代続いたことになる。
長野電鉄10系電車は、木島線の廃線の影響で余剰となり、普通列車の運用が3500・3600系電車に車種統一できることから3500・3600系より車齢が短いながらも廃車となった。
後者の外部的な変化としては、他社他路線もしくは他車両・新しい規制や法令の影響などで廃車された例がある。
例えば東京都電6000形6152号車は都電全盛時代を伝える唯一の車両として、またライトの形状から「一球さん」という愛称で保存車として親しまれていたが、京福電気鉄道越前本線列車衝突事故が起きた際にその事故車両についてブレーキ機構が1系統しかなく、これの故障によって停止不能となったことが事故原因として明らかとなり、同様のブレーキシステムであった6152号も運転に不安があるとして休車となりその後廃車された。
また、小田急10000形電車(ロマンスカーHiSE)は交通バリアフリー法施行に伴い鉄道車両にもバリアフリー対策が求められる中で、特徴でもあったハイデッカー構造のためにバリアフリー対応工事が困難であることが理由の一つとなり、より古い電車である7000形電車(ロマンスカーLSE)よりも早く淘汰されることとなった(長野電鉄へ譲渡された2編成)。
横浜市営地下鉄ブルーラインに2006年まで運用された2000形では3000A・N・R形とドアの幅が異なり2007年より開始予定のホームドアによるワンマン運転に対応できず、車体をすべて解体・廃棄せざるを得なくなった。なお第16編成以外の台車や空気圧縮機・ブレーキ装置等の一部機器は3000S形へ流用された(この辺りの事情は東京メトロ07系が東京メトロ東西線へ転属した理由と同様。詳しくは当該項目を参照)。
新幹線においては1985年に登場した100系は0系と基本性能は変わらない。その為、300系や500系等の270〜300km/h超の車両の投入によるスピードアップに対応できず、車両自体の寿命を迎える前に大量淘汰を受けることとなった。100系の最高速度は275km/hであるが、騒音基準を満たすことができなかった事も要因の一つである。
また、食堂車はその外部的要因と内部的要因による影響を複合的に受けた例の一つである。
まず、1972年の北陸トンネル火災事故によって国鉄10系客車の食堂車火災に対する安全性が問われ(外部的要因)、早期に全廃された。また、国鉄末期になると、新幹線網の発達や自動車の普及による特急電車の短距離化・短編成化の傾向の影響を受けたり(内部的要因)、さらに近年の旅行形態の多様化の影響を受けるなどして(外部的要因)、昼行特急列車の食堂車の多くが廃止され、車両の大部分は余剰であるとして廃車となった。
新幹線においても、国鉄期の車両には食堂車が一般的であったのに対して現在の車両には連結されていないことから、この傾向を伺うこともできる。
なお、廃止となった昼行特急列車の食堂車のうち、廃車を免れた少数の例として国鉄485系電車において雷鳥の食堂車を廃止する代わりに和風電車「だんらん」に改造した例がある。この車両は後のスーパー雷鳥新設時、ラウンジ付グリーン車に再改造されている。JRに継承した一部は国鉄24系客車(北斗星やトワイライトエクスプレス)の食堂車に改造された。
珍しい例としては、新幹線1000形電車の「解体設備の運転試験のために廃車」といったものや、国鉄DD54形ディーゼル機関車や阪神3801形電車第1編成のように「あまりにも故障や事故が多発し過ぎて廃車」といったものなどがある(両形式とも約12年と全車法定耐用年数に達する前に廃車された)。