人は何が良い行い(道徳的)で、何が悪い行い(非道徳的)なのかを判断することができる。道徳心理学者と道徳哲学者の議論の中心の一つは、何が道徳的判断を導いているのかであった。ジャン・ピアジェやローレンス・コールバーグは道徳的判断は理性の産物であり、子供は経験と学習によって理性的判断を発達させると考えた。一方ジェローム・ケーガンのような認識直観主義の心理学者は、道徳的判断が自動的に、瞬時に行われ、理性よりも直観と感情に密着していると仮定した。
直観主義者は、花を見て「赤い」と感じるのと同じように道徳判断を”感じる”のだと主張した。直観的判断のモデルは大まかに次のように分類することができる。
出来事を認識すると、感情が道徳判断を行うエージェントを呼び起こす。デイヴィッド・ヒュームが唱え、近年では神経学者アントニオ・ダマシオや心理学者ジョナサン・ハイトが支持した。
出来事を認識すると、感情と理性が平行して道徳的推論と判断をおこなう。ヒュームとカントの折衷モデルと言え、神経哲学者ジョシュア・グリーンによって支持された。
出来事を認識をすると意識的な解釈が行われ、その解釈が道徳的直観を呼び起こし、感情と理性的推論を生成する。政治学者ジョン・ロールズが唱えマーク・ハウザーが支持している。
道徳的判断は社会的認識、特に心の理論を利用しているようである。いくつかの感情、例えば同情、罪の意識、怒りは道徳判断の中心をなすが、他の感情も道徳判断に関連している。しかし明確に道徳判断に関連した脳の部位はないようである。道徳判断は、記憶が脳の様々な部位を利用するように、感情や認識などの細かな領域を利用しているようである。
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人間の道徳判断は常に一貫しているわけではない。後述のトロッコ問題では、わずかな状況設定の変化により、人は功利主義的な判断と非功利主義的な判断の間で揺らぐ。友人から金を盗む行為は不道徳的だと感じるが、先日その友人から金を盗まれていたのだと聞けば非難は弱まるか消え去る。見知らぬ人への危害よりも、自分自身や知人への危害のほうが強い憤りを呼び起こす。殺人を極めて非道徳的だと考えながら、同時に死刑制度を強く支持する人も少なくない。復讐は道徳的な大義名分を要求する。逆に言えば、大義名分は報復の正当性を人々に納得させる。戦争や部族抗争の研究によれば加害者は必ずと言って良いほど、相手が不当だという憤りを標的に対して持っている[6]。
フィリップ・ジンバルドーは監獄実験で、与えられた仮想的な役割にしたがい看守役の一般人が、囚人役の一般人を虐待することを示した。スタンレー・ミルグラムは服従実験で、一般人の道徳心が権威に屈することを示した。ミルグラムによれば、単に権威によって指示されるだけでなく、相手の顔が見えない、過失が相手側にあると言うような付加的条件の下ではより道徳心が働きにくいようである。また、死を意識させるような文章を読ませられるだけで、その後の道徳判断に影響が出る。見知らぬ人への敵意をかき立てられ、道徳違反者へはより厳しい罰を求めるようになる[7]。これは恐怖管理理論と呼ばれている。